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浄土真宗本願寺派 松林山 端坊 しょうりんざん はしのぼう

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大庭 浄憲

端坊の開基は親鸞聖人に帰依し、念仏の教えに生きた明源である。第三代 明運の時、渋谷にあった興正寺(こうしょうじ)の了源上人の招きを受け、その境内に草案を結ぶ。興正寺門下の寺坊として六坊ができ、そのひとつが端坊である。第六代 明芸は興正寺の学頭となる。明芸は興正寺第十四代 経豪上人に、本願寺の第八代 蓮如上人に帰依するようにすすめる。以後、本願寺とともに活動するようになる。第十代明念の時、本願寺より中国・九州の末寺・門徒を統括するようにと言われ、永禄六年(1563年)周防山口に端坊を建立する。建立にあたって毛利元就の援助を受ける。これが山口端坊の起こりである。明念は山口端坊の初代となる。明念は織田信長が石山本願寺を攻める時、本願寺の密使として、防御のために普請資材の依頼に諸国に馳せて尽力する等の活躍をする。第十一代 明勝は関ケ原の戦いのあと、安国寺恵瓊(あんこくじえけい)を京都の端坊でかくまう。その咎(とが)で捕らえられ、夫婦共々処刑される。このとき京都金替町の端坊は廃止され、歴代の宝物は紛失する。第十二代 明善(山口端坊第二代)は本願寺の第十二代 准如上人の命を受け、京都六条に端坊を建立する。また、毛利家が萩に移ったことにより、端坊も萩に一宇を建立して移り、本坊とした。以後、山口端坊は看坊となる。そして、明勝の孫である了性が山口端坊に入寺し第三代となる。了性は端坊の堂宇を改築し念仏の教えをひろめた中興の祖である。現在の端坊は浄土真宗本願寺派であり、住職は第十五代である。

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